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放射線生物学

急性放射線障害(骨髄死・腸死・中枢神経死とLD50)

前回の確定的影響と確率的影響で、しきい線量を超えると症状が出るという話をしました。今回は、そのしきい線量をはるかに超える大量被ばくを受けたときに、体で何が起こるかを見ていきます。

事故対応の知識であると同時に、放射線治療で全身照射(TBI)を行うときの根拠でもあります。そして国家試験では、線量と死因の組合せ、血球が減る順番、LD50 の3点が繰り返し問われます。

急性放射線症候群は4つの時期をたどる

数 Gy 以上の全身被ばくを受けると、症状は決まった順序で現れます。

時期時間の目安何が起こるか
① 前駆期(放射線宿酔)数分〜数時間後悪心・嘔吐・倦怠感・食欲不振。線量が高いほど早く、強く出る
② 潜伏期数日〜数週症状がいったん消える。本人は治ったように感じるが、体内では細胞が枯れ続けている
③ 発症期線量による感染・出血・下痢など、枯れた細胞の機能が足りなくなって症状が出る
④ 回復期または死幹細胞が残っていれば回復する

ここで最も大事なのは 潜伏期があることです。被ばく直後に元気そうに見えても、安心の材料にはなりません。むしろ怖いのは逆で、前駆症状が早く強いほど、受けた線量が大きいことを意味します。

とくに被ばく直後の意識消失は、中枢神経がやられたことを示すのできわめて重篤なサインです。

線量が変われば、死因の臓器も変わる

全身被ばくの線量と急性死の型 対数目盛の線量軸に沿って、急性死の型を3つの帯で示した図。およそ1から10グレイでは骨髄死で、死亡までは30日から60日。10から50グレイでは腸死で、10日から20日。50グレイを超えると中枢神経死で、1日から5日。線量が高くなるほど死亡までの期間は短くなる。半致死線量は約3から4グレイ。 全身被ばくの線量と急性死の型 線量が高いほど、原因となる臓器が変わり、死亡までの期間は短くなる LD50/60 ≒ 3〜4 Gy 骨髄死(造血器)死亡まで 30〜60 日腸死(腸管)死亡まで 10〜20 日中枢神経死死亡まで 1〜5 日 131030100 全身の吸収線量(Gy、対数目盛)
線量が上がるほど、死因となる臓器が骨髄 → 腸管 → 中枢神経と移り、死亡までの期間は短くなる。感受性が高い骨髄が最初に音を上げるが、その障害が現れるには時間がかかる。

急性死には3つの型があり、どの臓器が先に音を上げるかで決まります。

線量主因となる臓器死亡までの期間
約1〜10 Gy骨髄死(造血器症候群)骨髄30〜60日
約10〜50 Gy腸死(消化管症候群)腸管(小腸粘膜)10〜20日
約50 Gy以上中枢神経死中枢神経・血管1〜5日

一見ややこしく見えますが、覚え方は単純です。線量が上がるほど、死亡までの期間は短くなる。そして原因の臓器は 骨髄 → 腸管 → 中枢神経 の順に入れ替わります。

なぜこの順番なのか。放射線感受性は骨髄が最も高いので、低い線量ではまず骨髄がやられます。ところが骨髄の障害が表に出るには、すでにある血球が寿命で消えるのを待つ必要があり、1か月ほどかかる。

一方で腸管は骨髄より感受性が低いので、やられるにはより高い線量が必要です。しかし腸の粘膜は3〜5日で入れ替わるので、いったんやられると症状が出るのは早い。だからより高線量なのに、より早く死ぬという関係になります。

骨髄死:血球が減る順番

骨髄死は、造血幹細胞が死んで血球を作れなくなることで起こります。ただし症状の出方は、血球の種類によってまったく違います。

全身被ばく後の末梢血の血球数の推移 数グレイの全身被ばく後、末梢血の血球数が時間とともにどう変わるかを示したグラフ。リンパ球は被ばく後数時間から1日で急激に減り、3日目には5パーセント程度まで落ちて最も早く底を打つ。好中球は最初に一過性の増加を示したあと減少し、途中で小さな戻り(アボーティブライズ)をはさんで、3週から4週で最低になる。血小板は寿命が約10日あるため遅れて減りはじめ、4週ごろに最低になる。赤血球は寿命が約120日と長いため、60日かけてゆるやかにしか減らない。3週から4週は好中球と血小板がともに底を打つため、感染と出血の危険が最も高い時期になる。 全身被ばくのあと、血球はどの順で減るか 感染・出血の危険が最も高い 0501000102030405060 被ばくからの日数 正常値に対する割合(%) リンパ球好中球血小板赤血球 数時間〜1日で急減(間期死) 一過性の増加 小さな戻り 寿命120日なのでゆるやかにしか減らない
減る順番は リンパ球 → 好中球 → 血小板 → 赤血球感受性の高さ血中での寿命の2つで決まる。リンパ球だけが桁違いに速いのは、分裂を待たずに間期死を起こすため。

減っていく順番は リンパ球 → 好中球 → 血小板 → 赤血球。この順番は、2つの要因の掛け算で決まります。

血球放射線感受性血中での寿命最低になる時期
リンパ球極めて高い(間期死)短い数時間〜1日
好中球高い数時間〜数日2〜4週
血小板高い約10日3〜4週
赤血球高い約120日数か月(貧血は最後)

ここで注意したいのは、赤血球の「感受性が低い」わけではないということです。骨髄の中の赤芽球はしっかりやられています。ただ、すでに血液中にいる赤血球は120日生きるので、数が減って見えてくるのが遅いだけです。

リンパ球だけが桁違いに速い理由は別にあります。ほかの血球が「作られなくなる」ことで減るのに対し、リンパ球は分裂を待たずにその場で死ぬ(間期死) からです。だから被ばく後数時間から1日という速さで落ちます。

この速さのおかげで、リンパ球数は被ばく線量の推定に使えます。事故の初期対応では、線量計がなくても被ばく後48時間のリンパ球数の推移からおおよその線量を見積もることができます。

臨床的に最も危険なのは、好中球が底を打つ2〜4週です。感染から体を守る主力がいなくなるため、無菌室での管理や抗菌薬の投与が必要になります。血小板の低下による出血も同じ時期に重なります。

腸死と中枢神経死

腸死は、腸陰窩(クリプト)の幹細胞が死ぬことで起こります。腸の粘膜は絨毛が3〜5日で入れ替わる、体の中でも指折りの高回転組織です。新しい細胞が供給されなくなると絨毛が脱落し、腸の内側がむき出しになります。

その結果、激しい下痢・脱水・電解質異常が起こり、さらに腸内細菌が体内へ侵入します。しかもこの線量域では骨髄もすでにやられているので、感染に対抗できない。腸死の直接の死因が敗血症になりやすいのは、この二重の打撃によります。

中枢神経死は、50 Gyを超える極端な線量で起こります。神経細胞そのものは分裂しないので放射線に強いのですが、脳の血管が壊れて浮腫と出血を起こすため、けいれん・意識障害から数日で死に至ります。この線量域では治療の手立てがありません。

半致死線量(LD50/60)

急性障害の重さを表す代表的な指標が 半致死線量 です。

LD50/60 は「60日以内に50%が死亡する線量」を意味します。ヒトでは無治療で約3〜4 Gyとされ、骨髄死の線量域にあたります。

添え字の意味を押さえておきましょう。LD50/30 なら30日以内、LD50/60 なら60日以内。ヒトで60日を使うのは、骨髄死が現れるのに30〜60日かかるからです。マウスなど寿命の短い動物ではLD50/30が使われます。

なお、適切な治療(無菌管理・輸血・造血因子の投与)を行えば、この値は6〜7 Gy程度まで引き上げられるとされています。「無治療で」という前提が重要です。

この240 Jという数字は、感覚をつかむのに役立ちます。人間の半分が死ぬ線量のエネルギーは、たった240 J。コップ1杯の水の温度を1度上げるにも足りない量です。それでも死に至るのは、熱として体を温めるのではなく、DNAという急所を選んで壊すからにほかなりません。

局所被ばく:皮膚の障害

全身被ばくではなく、体の一部に大量被ばくした場合は、話が変わります。骨髄や腸が無事なので命に関わりにくい一方、その部位に強い障害が出ます。

代表が皮膚です。IVRでの長時間透視や、線源の紛失事故などで問題になります。

線量の目安症状現れる時期
約2 Gy一過性の紅斑数時間〜1日
約3 Gy脱毛(一時的)2〜3週後
約6 Gy紅斑(主反応)2〜3週後
約7 Gy永久脱毛
約15 Gy以上湿性落屑・水疱3〜4週後
約20 Gy以上潰瘍・壊死数週〜数か月後

ここでも潜伏期が曲者です。被ばく当日は何ともなく、2〜3週してから症状が出るため、患者も医療者も原因に気づきにくい。IVR後に「原因不明の背部の発赤」として現れることがあり、手技の記録と線量管理が重要になる理由がここにあります。

被ばく線量をどう推定するか

事故で線量計を着けていなかった場合でも、体そのものから線量を推定できます。

方法内容特徴
リンパ球数の推移被ばく後48時間の減り方最も速い。現場での初期判断に使える
二動原体染色体の頻度リンパ球を培養し、分裂中期の染色体を数える精度が高い。生物学的線量評価の標準
前駆症状の出方嘔吐までの時間など簡便だが個人差が大きい
ESR法歯のエナメル質などのラジカルを測る過去の被ばくにも使える

二動原体染色体は、1本目の記事で触れた二本鎖切断の誤修復でできる異常染色体です。自然発生がほとんどないため、見つかった数がそのまま被ばくの証拠になります。0.1〜0.2 Gy程度から評価でき、事故時の標準的な手法とされています。

まとめ

  • 急性放射線症候群は 前駆期(悪心・嘔吐)→ 潜伏期 → 発症期 → 回復期または死潜伏期があるので、直後に元気でも安心できない
  • 前駆症状が早く強いほど高線量。とくに直後の意識消失は致死的なサイン
  • 死因は線量帯で変わる。1〜10 Gy=骨髄死(30〜60日)/10〜50 Gy=腸死(10〜20日)/50 Gy超=中枢神経死(1〜5日)線量が高いほど死ぬのは早い
  • 血球が減る順は リンパ球 → 好中球 → 血小板 → 赤血球感受性の高さ血中の寿命で決まる
  • リンパ球だけは間期死なので数時間〜1日で急減。だから線量推定に使える
  • 赤血球が最後なのは感受性が低いからではなく、寿命が120日と長いから
  • 臨床上いちばん危険なのは、好中球が底を打つ2〜4週の感染リスク
  • LD50/60 = 60日以内に50%が死亡する線量。ヒトでは無治療で約3〜4 Gy、治療すれば6〜7 Gyまで上げられる
  • 局所被ばくでは皮膚障害が問題。脱毛は約3 Gy・2〜3週後潰瘍は20 Gy以上症状が出るまで2〜3週かかるので気づきにくい
  • 線量推定は リンパ球数(速い)と二動原体染色体(正確) の2本立て

次回はシリーズ最終回、晩発影響と発がんです。今回の急性障害が「たくさんの細胞が死ぬ」話だったのに対し、次は「生き残った細胞に何が残るか」の話になります。

過去問での問われ方は、過去問解説の記事一覧国家試験まとめから確認できます。

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