晩発影響と放射線発がん(白血病・固形がん・遺伝性影響)
前回の急性放射線障害は、「たくさんの細胞が死ぬ」話でした。今回はその反対で、「生き残った細胞に何が残るか」の話です。
被ばくから何年、何十年もたって現れる影響を晩発影響といいます。放射線防護がここまで慎重に組まれているのは、突きつめればこの影響があるからです。シリーズ最終回として、放射線発がんを中心に整理します。
晩発影響には2種類が混ざっている
まず、3本目の記事で扱った分類を思い出してください。晩発影響という区分は時間軸の話なので、その中に確定的影響と確率的影響の両方が入ります。
| 晩発影響 | 性格 | 例 |
|---|---|---|
| 確定的影響(しきい値あり) | 細胞が死んで機能が落ちる | 白内障・皮膚の萎縮と潰瘍・不妊・腎障害・肺線維症 |
| 確率的影響(しきい値なし) | 生き残った細胞の変異 | がん・白血病・遺伝性影響 |
「晩発=確率的」と覚えてしまうと間違えます。白内障は晩発だが確定的、という組合せが試験でよく狙われます。
この記事の主題は、後者の確率的影響——とくに発がんのほうです。
放射線発がんのしくみ
がんは一度の傷でできるものではありません。複数の遺伝子変異が積み重なって初めて成立します(多段階発がん)。
放射線が関わるのは、主に最初の段階です。
- イニシエーション(開始)… DNAに変異が入り、細胞が「がんの芽」になる。放射線が担うのは主にここ
- プロモーション(促進)… 芽が増殖を始める。慢性炎症や喫煙などが働く
- プログレッション(進展)… さらなる変異が重なり、悪性度が増して転移能を得る
放射線が作った二本鎖切断が誤修復され、がん抑制遺伝子(p53など)やがん遺伝子に変異が残る——これが出発点です。ただし、芽ができてもすぐがんになるわけではない。だから発症までに長い年月がかかります。
ここで重要なのは、放射線でできたがんに固有の特徴はないという点です。見た目も性質も、自然に発生したがんと区別がつきません。だから「このがんは放射線が原因」と個人レベルで断定することはできず、集団の統計としてしかリスクを語れないのです。
潜伏期:白血病と固形がんは別物
発がんの話で最も問われるのが、この2つの違いです。
| 白血病 | 固形がん | |
|---|---|---|
| 最短潜伏期 | 約2年 | 約10年 |
| ピーク | 6〜8年 | 明確なピークはなく上がり続ける |
| その後 | 下がって自然発生率に戻る | 生涯にわたり続く |
| 単位線量あたりのリスク | 最も高い | 白血病より低い |
| 発生数 | 少ない | 多い(もともとの発症率が高いため) |
ここで混同しやすいのが、「リスクが高い」と「数が多い」は違うということです。
単位線量あたりの過剰相対リスクが最も高いのは白血病。しかし白血病はもともとまれな病気なので、実際に増える人数は固形がんのほうがずっと多い。乳癌・肺癌・胃癌・大腸癌といった、もともと頻度の高いがんが数のうえでは主役になります。
誰のリスクが高いのか
リスクの大きさは、被ばくした人によって変わります。
① 被ばく時の年齢 … 若いほど高い。理由は2つあり、子どもは分裂の盛んな細胞が多くて感受性が高いこと、そしてがんが現れるまでの長い年月を生きることです。小児のCT検査で線量に神経を使うのは、この2点によります。
② 性別 … 固形がんは女性のほうが高い。乳房と甲状腺という感受性の高い臓器を持つことが大きく影響します。3本目の記事で見たとおり、乳房の組織加重係数が0.05から0.12へ引き上げられたのも同じ背景です。
③ 放射線の種類 … 2本目の記事のとおり、同じ物理線量なら高LET放射線のほうがリスクが高い。防護量の計算で放射線加重係数を掛けるのは、まさにこの差を織り込むためです。
④ 線量率 … 同じ総線量でも、ゆっくり浴びたほうがリスクは低いとされます。時間があれば修復が働くためで、この効果は次に述べるDDREFとして扱われます。
原爆被爆者調査(LSS)が土台にある
放射線のリスク評価は、日本の原爆被爆者の追跡調査(Life Span Study, LSS)が世界の基礎データになっています。広島・長崎の約12万人を1950年から現在まで追い続けている研究で、これほど大規模で長期の疫学データはほかにありません。
この調査が特別なのは、次の条件がそろっているためです。
- 線量の幅が広く、個人ごとに線量が推定されている
- 全年齢・男女が含まれている
- 70年以上にわたって追跡されている
- 被ばくしていない対照群が同じ集団の中にいる
ICRPの勧告も、日本の法令の線量限度も、元をたどればこのデータに行き着きます。
相対リスクと絶対リスク
リスクの表し方には2通りあり、どちらを使うかで将来予測が変わります。
| 相対リスクモデル(乗算モデル) | 絶対リスクモデル(加算モデル) | |
|---|---|---|
| 考え方 | 自然発生率の何倍になるか | 自然発生率に何人分上乗せされるか |
| 式のイメージ | 発生率 = 自然発生率 ×(1+ERR) | 発生率 = 自然発生率 + EAR |
| 特徴 | もともと多いがんほど増加数も多くなる | 年齢や集団によらず一定量が上乗せ |
| 現在の主流 | こちら(実測とよく合う) | 補助的 |
相対リスクモデルのほうが適しているとされるのは、実際のデータで被ばく者のがん発生が「自然発生率に比例して」増えているように見えるからです。
よく出てくる ERR(過剰相対リスク) は、「自然発生率に対して何倍上乗せされたか」を表します。ERR=0.5なら1.5倍という意味です。
もうひとつ、DDREF(線量・線量率効果係数) も押さえておきましょう。原爆被爆者は一瞬で高線量を浴びましたが、私たちが防護で想定するのは低線量・低線量率の被ばくです。同じ線量でもゆっくり浴びるほうが影響は小さいので、LSSから得たリスクをそのまま当てはめず、2で割って使う——この係数がDDREFです。ICRPは DDREF=2 を採用しています。
遺伝性影響:ヒトでは確認されていない
遺伝性影響は、生殖細胞の変異が子孫に受け継がれる影響のことです。ショウジョウバエやマウスの実験では明確に確認されています。
ところが、ヒトでは今日まで統計的に有意な遺伝性影響は確認されていません。原爆被爆者の子ども約8万人を追跡した調査でも、先天異常・死産・染色体異常・がんの発生率に有意な増加は見られていません。
これは「起こらない」という意味ではありません。防護の立場では、起こりうるものとして係数に織り込みます。ただし、リスクが以前の想定より小さいと評価し直された結果、ICRP 2007年勧告で生殖腺の組織加重係数が0.20から0.08へ大幅に引き下げられました。
用語の区別も試験では問われます。
- 遺伝性影響 … 生殖細胞の変異が子孫に現れる
- 胎内被ばくの影響 … 胎児本人に現れる(奇形・精神発達遅滞・小児がん)
胎内被ばくで生まれた子の障害は、遺伝性影響ではありません。本人が直接被ばくしているからです。
内部被ばくによる発がんの実例
歴史的な事例は、核種の集まる臓器とがんの部位が対応していることを教えてくれます。
| 事例 | 核種 | 起こったがん |
|---|---|---|
| ウラン鉱山の鉱夫 | ラドン(吸入) | 肺癌 |
| 夜光塗料の文字盤工 | ²²⁶Ra(経口) | 骨腫瘍 |
| チョルノービリ事故周辺の小児 | ¹³¹I(牛乳経由) | 甲状腺癌 |
| トロトラスト造影剤の使用者 | ²³²Th(血管内) | 肝血管肉腫 |
ラジウムはカルシウムと似た性質で骨に、ヨウ素は甲状腺に集まります。核種の化学的性質が集積臓器を決め、それががんの部位を決めるという一本の筋です。
まとめ
- 晩発影響は時間軸の分類。中に確定的影響(白内障・皮膚萎縮)と確率的影響(がん・遺伝性影響)の両方が入る
- 放射線が担うのは主にイニシエーション。放射線でできたがんに固有の特徴はなく、個人レベルで原因を断定できない
- 白血病は最短2年・ピーク6〜8年で、やがて自然発生率に戻る。固形がんは10年以上たってから現れ、生涯続く
- 単位線量あたりのリスクが最も高いのは白血病。しかし発生数が多いのは固形がん。「リスクの高さ」と「人数の多さ」は別
- リスクは被ばく時年齢が低いほど高い。固形がんは女性のほうが高く、高LETほど高く、線量率が低いほど低い
- リスク評価の土台は日本の原爆被爆者調査(LSS)
- 相対リスクモデル(自然発生率の何倍か)のほうが実測と合う。低線量・低線量率に当てはめるときは DDREF=2 で割る
- ヒトでは遺伝性影響は確認されていない。それでも防護では見込むが、生殖腺の組織加重係数は0.20→0.08へ引き下げられた
- 胎内被ばくの影響は遺伝性影響ではない(胎児本人が被ばくしている)
- 内部被ばくの発がんは核種が集まる臓器で決まる。ラドン→肺、ラジウム→骨、ヨウ素→甲状腺、トロトラスト→肝
これで放射線生物学シリーズは完結です。細胞レベルのDNA損傷から始まり、放射線の種類による効き方の違い、人体への影響の分類、急性障害、そして晩発影響まで——すべてが二本鎖切断という一点からつながっています。
過去問での問われ方は、過去問解説の記事一覧や国家試験まとめから確認できます。