ここまでの4本で扱ってきた MTF・ウィナースペクトル・DQE は、どれも装置の性能を物理量で測る指標でした。しかし、それだけでは足りません。物理評価が良い装置が、必ずしも診断しやすいとは限らないからです。
そこで、人が画像を見て正しく判断できたかを直接測る方法が必要になります。それが ROC 解析(Receiver Operating Characteristic、受信者動作特性)です。観察者性能試験とも呼ばれます。
ROC の本当の強みは、読影者の「疑わしきは陽性にする/しない」というクセに左右されずに、純粋な識別能力だけを比べられる点にあります。国家試験でも繰り返し出題されるテーマです。
感度と特異度:ROC の軸はこの2つでできている
ROC 曲線の縦軸は感度、横軸は「1 − 特異度」。横軸は特異度そのものではない。
まず用語を固定します。実際に病変があるかどうかと、陽性・陰性どちらと判定したかで、4通りに分かれます。
- 真陽性 TP … 病変ありを、正しく陽性と言えた
- 偽陰性 FN … 病変ありなのに、陰性と言ってしまった(見落とし)
- 偽陽性 FP … 病変なしなのに、陽性と言ってしまった(過剰診断)
- 真陰性 TN … 病変なしを、正しく陰性と言えた
ここから3つの率が決まります。
感度(真陽性率)=TP+FNTP,特異度(真陰性率)=FP+TNTN
偽陽性率=FP+TNFP=1−特異度
そして ROC 曲線の縦軸が感度、横軸が偽陽性率、つまり「1 − 特異度」です。横軸は特異度そのものではありません。この一点が、計算問題の最大の分かれ目になります。
移項すれば、
特異度=1−偽陽性率
も成り立ちます。「1 − 偽陽性率で真陰性率が求められる」という選択肢は、これを言っています。
ROC 曲線は「しきい値を動かしたときの軌跡」
観察者の確信度には2つの分布がある。しきい値を動かすと点が動き、その軌跡が ROC 曲線になる。
ROC 曲線がどこから出てくるのかを押さえておくと、形に関する設問が一気に楽になります。
観察者に画像を見せると、「どれくらい病変がありそうか」という確信度が生まれます。この確信度は、雑音のみの画像と信号ありの画像とで、2つの分布をつくります。信号ありのほうが、当然、確信度は高いほうへずれます。
観察者は、どこかにしきい値を置いて「ここより右なら陽性」と判断します。このしきい値は人によって違いますし、同じ人でも状況によって動きます。
- 厳しくすれば、偽陽性は減りますが見落としが増える
- ゆるくすれば、見落としは減りますが過剰診断が増える
しきい値をひとつ決めると、(偽陽性率, 感度)の点が1つ決まります。しきい値を端から端まで動かして、その点の軌跡を描いたものが ROC 曲線です。
つまり ROC 曲線は、しきい値というクセを消し去った形で、観察者の識別能力だけを表しています。ここが、単なる感度・特異度の報告より優れている理由です。
そして、2つの分布が離れているほど曲線は左上へふくらみます。左上に近いほど性能がよい、というのはここから来ています。
曲線の読み方:横軸は「1 − 特異度」
感度 90% の高さで曲線と交わる点の横軸は 0.30。特異度 = 1 − 0.30 = 70%。0.30 をそのまま 30% と答えない。
グラフから値を読む問題は、手順を決めてしまえば確実です。
- 縦軸で感度の高さを探す(感度 = 真陽性率 = TPF)
- その高さで曲線と交わる点の横軸を読む
- 横軸は「1 − 特異度」なので、1 から引いて特異度に直す
図の例では、感度 90% の高さで横軸は 0.30 です。したがって
特異度=1−0.30=0.70=70%
0.30 をそのまま「30%」と答えてしまうのが定番の誤答で、選択肢にも必ず置かれています。
同じ曲線で感度 80% のときを読むと、横軸は 0.17 で特異度は 83% です。感度を 80% から 90% に上げると、特異度は 83% から 70% に下がる。感度と特異度はつねにトレードオフで、それを目に見える形にしたものが ROC 曲線だ、と理解しておくと納得しやすくなります。
AUC:0.5 があてずっぽう、1.0 が完全
AUC は曲線の下の面積。両分布が完全に重なったときが 0.5(1 ではない)、完全に分離したときが 1.0。
曲線どうしを数値で比べるために使うのが AUC(Area Under the Curve、曲線下面積)です。読み方は3つ覚えれば足ります。
- AUC = 0.5 … まったく区別できない。あてずっぽうと同じで、ROC 曲線は対角線になります
- AUC = 0.8〜0.9 … 良好
- AUC = 1.0 … 完全。両分布が完全に分離した理想の状態です
ここで出題されるのが、両分布が完全に重なったときの AUC です。「完全に重なる」とは「まったく区別できない」ということなので、AUC は 0.5 になります。1 ではありません。この引っかけは繰り返し出ています。
また、AUC の最大値は 1.0 です。「最大値は 0.5 である」という選択肢も誤りで、0.5 はむしろ下限にあたります。
ROC 曲線は、信号のコントラストに影響されます。コントラストが高い信号ほど見つけやすいので、曲線は左上へ寄り、AUC は上がります。「信号コントラストの高低に影響されない」は誤りです。影響されないのはしきい値のクセのほうです。
標準偏差が違うと、曲線は非対称になる
左右対称になるのは、2つの分布の標準偏差が等しいときだけ。同じ AUC でも曲線の形は違いうる。
ROC 曲線の形は、2つの分布の平均の差だけでなく、ばらつきの差でも変わります。
- 2つの標準偏差が等しいとき … 曲線は対角線に対して左右対称
- 標準偏差が異なるとき … 対称性がくずれ、非対称にゆがむ
とくに信号ありのほうのばらつきが大きい場合、曲線は右上のあたりで対角線の下に潜り込むことがあります。図の例(雑音のみの標準偏差 1.0、信号ありの標準偏差 2.0)では、横軸 0.93 より右で対角線の下に入っています。
注目してほしいのは、図の左右の AUC がどちらも 0.75 で同じだという点です。AUC が同じでも、曲線の形は同じとはかぎりません。
ROC の形を問う設問は、次の3点でほぼ対応できます。
- 左上に近いほど性能がよい
- 対角線はあてずっぽうと同じ(AUC = 0.5)
- 左右対称になるのは、2つの分布の標準偏差が等しいときだけ
実験の組み立て方
画像は偏りなく選び、ランダムに混ぜて提示する。観察者が答えるのは確信度だけで、位置まで答えさせるのは LROC・FROC 法。
ROC 解析は実験なので、組み立て方を誤ると結果が意味を持ちません。ここも出題されます。
画像の選び方
見えやすい画像ばかりを選ぶと、どの条件でもほぼ全問正解になってしまい、天井効果で差が出せません。識別が難しい画像も含めて、偏りなく選ぶ必要があります。
提示のしかた
信号のある画像とない画像は、ランダムに混ぜて提示します。雑音のみを先にまとめて見せてしまうと、順番から答えが分かってしまい、画像を見なくても正解できてしまいます。
答えさせる内容
通常の ROC 解析で観察者が答えるのは、「信号があるかどうかの確信度」だけで、5段階などの段階評価にします。位置まで答えさせるのは LROC・FROC 法で、通常の ROC とは別の手法です。
統計処理
2条件の ROC 曲線に差があるかどうかは、Jackknife 法(JAFROC など)で検定します。観察者のばらつきと症例のばらつきの両方を考慮できるのが利点です。
試験で問われやすいポイント
| 論点 | 覚える形 |
|---|
| 縦軸 | 感度 = 真陽性率(TPF) |
| 横軸 | 偽陽性率(FPF)= 1 − 特異度 |
| 特異度への直し方 | 特異度 = 1 − 横軸の値 |
| 感度と特異度 | つねにトレードオフ |
| 曲線の位置 | 左上に近いほど性能がよい |
| 対角線 | あてずっぽう。AUC = 0.5 |
| AUC の範囲 | 下限 0.5、上限 1.0 |
| 両分布が完全に重なる | AUC = 0.5(1 ではない) |
| 左右対称になる条件 | 2つの分布の標準偏差が等しいとき |
| 画像の選び方 | 難しいものも含めて偏りなく。天井効果を避ける |
| 提示のしかた | 信号ありとなしをランダムに混ぜる |
| 答えさせる内容 | 確信度だけ。位置は LROC・FROC |
| 有意差検定 | Jackknife 法(JAFROC など) |
| 物理評価との関係 | 一致するとは限らない |
| コントラストの影響 | 受ける(しきい値のクセは受けない) |
まとめ
- ROC 解析は「人が診断できたか」を測る。MTF や NPS の物理評価が良くても、診断しやすいとは限らない
- 縦軸は感度、横軸は「1 − 特異度」。横軸をそのまま特異度と読むのが最大の失点
- ROC 曲線はしきい値を動かしたときの点の軌跡。だから判断の甘い辛いに左右されない
- AUC は下限 0.5、上限 1.0。両分布が完全に重なったときが 0.5で、1 ではない
- 左右対称になるのは、2つの分布の標準偏差が等しいときだけ。AUC が同じでも形は違いうる
- 実験は偏りなく画像を選び、ランダムに混ぜて提示し、確信度だけを答えてもらう。位置まで答えさせるのは LROC・FROC
- 有意差検定は Jackknife 法
これで医用画像情報学のシリーズは完結です。MTF(信号)→ ウィナースペクトル・DQE(ノイズと効率)→ 標本化と量子化(デジタル化)→ フーリエ変換とフィルタ(画像処理)→ ROC(人の診断能)という流れで、画像を「作る・測る・処理する・評価する」の全体がつながりました。
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